Trash Box

天使V✖️転生W

真っ赤な裾が分かれたコート、金髪を逆立てたトンガリ頭にオレンジの丸いサングラス。
それが僕の生前の姿、らしい。

背中に純白の大きな翼、頭には輝く金の輪っか。

今の僕は派手な見た目に加えて、これらの特徴が加わった。

僕は死んでいて、『天使』というものになったらしい、のだ。
らしい、というのは死んだ時の事も、生前の記憶も、自分の名前すら何も覚えていないから。
気付いたら其処にいて、どうしてか本能のように、頭の中に己のやるべきことが流れてくる。

天使の役割は、死んだ人間の魂を天界という場所へと運ぶお仕事。
僕以外にも天使はあちこちにたくさんいて、人間たちに僕たちの姿が見えることはない。

ある人は寿命で
ある人は重い病で
ある人は事故で
ある人は自らの意思で
ある人はこの世に生まれる前から

そうやって死んだ人間の魂を肉体から切り離し、運んでいく。

なぜ僕が『天使』というものになってしまったかというと、生前に罪を犯してしまったからということだった。
すべての天使は生前に何かしらの罪を犯して死んだ人間だ。
人間の魂を天界に導くことで少しづつ生前の罪が浄化され、完全に浄化されると輪廻の輪に戻ることが赦される。

天使たちの中でも、僕はひと際大きな罪を背負っているらしく、これまでにたくさんの魂を運んでいるけれど、浄化の兆しが見えない。
周りの天使たちは次々と罪を浄化して転生していってるのに。僕だけが取り残されていた。あと何年、何百年、何千年続けるのだろう。
生前の記憶は全く覚えていないので、自分がどんな罪を犯してしまったのかはわからないけれど、自分が罪人である、というのは何故かとてもしっくりきていて、胸に燻ぶる贖罪の念が常に僕を苛む。
何故、どうして、わからないけれど、押しつぶされそうな罪悪感を抱えながら、泣きながら祈りながら、今日もまた魂を天界へ運んでいく。

人の体から抜け出した魂は、みなそれぞれ違う色をしていて、僕にはそれが宝石のように煌めいて見えてとても好きなのだけれど。
やっぱり人間は生きている姿を見るのが大好きだ。天使、などといって魂を刈り取る死神のような真似事はできればしたくなかった。
今日は病気で亡くなった男の子の魂を運んだ。男の子のお父さん、お母さん、お姉さんが泣いていた。
「ごめんね、連れていくね。」僕も泣きながらその子の魂を連れて行った。

僕は人間たちの営みを見るのが好きだ。だから役割以外のことでよく人間界に訪れては何時間も何日も飽きもせず人間達を見ていた。周りの天使からは変わってるって言われるけども。

そんな時ふと見つけた君。

すらりとした長身に黒髪と吸い込まれるような黒い瞳、白眼がちなその鋭い目つきを覆い隠すサングラスに特徴的な訛りで喋る彼。

初めて見る、のに目が離せない。サングラスの奥の瞳を見た瞬間、彼越しに高い青空とふたつの太陽、舞い散る紙吹雪、そして果てない砂の大地の幻影を視た、気がした。

慣れた手つきで煙草を吸う姿に泣きたくなるような、懐かしさを覚える。
もしかしたら前世で僕と縁のあった人なのかもしれない。

それ以来、どうにも彼が気になってしまい、彼の周りを飛び回るようになってしまった。
そういえば天使があまり個人に執着しすぎるのはよくない、と別の天使が言っていたような気がする。
けれど、見つけてしまった彼を、もう見失いたくなくて。

もちろん彼に僕の姿が見えることはないのだけれど。

毎日、彼の元にやって来ては飽きもせずその姿を見つめている。

返事が返ってくるわけでもないのに、彼に話しかけたり、すり抜けてしまうのに手に触れようとしたり。

目の前の彼と視線が交わった。そんな錯覚で。少しの嬉しさと、その後にやってくる寂しさで胸の奥が凍っていく。

はじめはただ傍に居られれば満足だったのに。だんだんと。愛着が執着になっていく。

君と他愛のない会話ができたら。君のその手に触れられたら。君と同じ明日を生きられたら。君とーーーー

どうして僕は君に触れられないんだろう。

どうして僕は天使なんだろうーーーー

彼が誰かと楽しそうに会話をしているのを見る度に、その笑顔がこちらに向くことがないことがたまらなく寂しい。子供に差し伸べられる手が僕に差し伸べられることがないのが苦しい。その手のぬくもりを僕も感じられないのが悲しい。

そのドロリとした執着が形になったかのように、彼の身に様々な災難が降りかかるようになっていった。

ある日、彼は包帯に巻かれた左腕を白い布で吊っていた。どうやら階段で転んで腕の骨を折ってしまったらしい。

その姿を見て、僕は頭が真っ白になってしまって。

「大丈夫かい!?」「どうしたんだ?!その怪我!?」「痛くないかい?!」

矢継ぎ早に話しかけるが、僕の言葉は彼には届かない。

僕の声をすり抜けて、彼は向かいで待っていた彼の友人の元へと向かっていった。
友人らの彼のケガを案ずる言葉に、大丈夫や大したことあらへん、と笑顔で言う彼。
何も出来ない僕は少し離れた位置からその姿を眺めていた。

それから彼はケガをよくするようになった。

2月前はバイクの横転による全身打撲
3週間ほど前はベランダから落ちてきた植木鉢で頭部強打
数日前はお湯を腕に溢して火傷
一昨日は階段を踏み外して捻挫
昨日は捻挫した足を庇ったせいで転んで右手の小指にヒビが入っていた。

だんだんとケガをする頻度が増えていき、突き指や擦り傷など、小さいものも含めるともう数え切れないほどのケガをしていた。

それだけケガをした彼を見て漸く思い至る。彼がこんな目に遭っているのはきっと僕のせいだ。僕が…天使が、人間に…彼に執着してしまったから。
だけど僕は、それをわかっていながら彼のそばを離れられなかった。

彼から目が離せない
彼のことが気になってしまっている
彼に…多分恋をしてしまっている
そのせいで彼が…死に近づいている

こんなの天使なんかじゃなくて死神だ。悪魔だ。

でもこのまま、君と言葉を交わせないのなら、君と触れ合えないのなら、君と心を通わせられないのならいっそ…

愛憎が渦巻いていく。

近くの孤児院で火災が発生した。そこは彼が幼少の頃にお世話になっていた孤児院だった。大きくなって施設を出た後も、稼いだバイト代を寄付したり、子供達の面倒を見たりしていた彼にとってとても大切な場所だった。

中にいた職員や子どもたちは大半が避難できたようだけど、3人ほど子どもの人数が足りず、中に取り残されているらしかった。

孤児院は建物が古いせいか、火の回りが早く、数十分もしないうちに建物の大半が炎に飲み込まれて行った。救助を待っていたら助からないかもしれないー…

それを聞いた彼は水をかぶると、ハンカチで口元を押さえながら燃える建物中へと飛び込んで行った。

1人、2人と彼は子どもを抱いて戻ってきた。あと1人中にいるのだと子どもたちが泣きながら訴える。彼はおん、わかった。すぐ連れてくるさかい、ここで大人しゅうしときと、2人の頭を撫で、また炎の中へと飛び込んでいった。

しばらくすると中から何かが爆ぜる音とガラガラと崩れる大きな音がして、子どもの悲鳴が聞こえてきた。彼が飛び込んで行った入口から3人目の子どもが煤まみれの顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら走ってきたが、彼は戻って来なかった。

救命隊員が入り瓦礫に埋もれていた彼を発見し、救助された。

僕はずっと彼の側に居たのに、何も出来なかった。

病院に運び込まれた彼は、まだ生きてはいたが、煙を大量に吸ってしまい昏睡状態、脚は崩れた瓦礫の下敷きになり、潰れてしまっていた。熱く熱された瓦礫で半身は重度の火傷を負ってしまっていた。

嗚呼ーーーこれはダメだ。今度こそ。

僕はわかってしまった。彼は死んでしまうと。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

僕が、君を見付けなければ。君を好きにならなければ。君に執着しなかったら。

きっとこんなことにはならなかったのに。

手を尽くした後の静かな病室で彼の命が終わろうとするところを見つめていた。

命の終わりを告げる、無機質な電子音が鳴り響く。

やがて入れ替わり立ち替わり、病室に人間たちがやってくる。医者が事務的に彼の死を告げると、身内は泣きながら彼の死を悼んだ。

僕は部屋の隅でずっとその様子を見ていた。

そうしてしばし騒然としていた病室が漸く静けさを取り戻す。誰もいなくなった病室に彼と僕だけになった。

ゆるゆると立ち上がり、彼に近づいて胸の辺りで手を翳す。すると彼の身体が淡く光り、手のひらの下に収束するように光が丸く集まる。

冷たくなった彼の身体から抜け出した魂は、その彼の見た目とは逆の真白い色をしていた。

彼のその魂を手にした瞬間、

それまで抱えていた寂しさや自責の念が全て抜け落ち、晴れわたるような高揚感が満ち溢れた。
頭の中で激しく警鐘が鳴り響く。だけどそれを無視してでも、天使としての役目が果たせず、永遠に輪廻から外されようとも、目の前のすべてを優先した。

そうだ、やっと、やっと、僕のものになったんだ。
触れたかった。僕と同じところに来て欲しかった。

欲しかったんだ、君の魂が。

魂の輪郭を愛おしそうに撫で、そっと口付ける。

君の魂とこの先を共にできるのかと思うと胸がいっぱいになった。この暗く永い時間も君の魂と共にあれるなら、寂しくはない。

「これからはずっとずっと一緒だね。」

物言わない魂を抱いて、天使は飛び去って行った。